東京高等裁判所 平成12年(ネ)3254号 判決
主文
一 原判決主文第一項を次のように変更する。
1 控訴人は、被控訴人に対し、一五万八六七三円を支払え。
2 被控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇〇〇分し、その六を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決中の控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 主位的
(一) 本件控訴を却下する。
(二) 控訴費用は、控訴人の負担とする。
2 予備的
(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は、控訴人の負担とする。
第二事案の概要
事案の概要は、左記一のとおり加除訂正し、左記二のとおり主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の加除訂正
1 原判決三頁七行目の「本件は」から同四頁三行目末尾までを次のとおり訂正する。
「本件は、被控訴人が、茨城県営真壁北部地区土地改良事業に関し、右事業に従事していた控訴人の公務員の違法行為により、茨城県知事(以下「知事」という。)を被告とする換地計画決定無効確認請求訴訟(水戸地方裁判所昭和六二年(行ワ)第一号事件。以下「第一事件」ともいう。)、換地計画取消処分違法確認請求訴訟(同裁判所平成二年(行ワ)第一号)、一時利用地指定処分無効確認請求訴訟(同裁判所平成二年(行ワ)第七号)及び茨城県下館土地改良事務所長を被告とする換地処分取消請求訴訟(同裁判所平成三年(行ワ)第二号。以下「第四事件」ともいう。)を提起せざるを得なかった上、知事等が右各訴訟に不当に応訴したことにより、右各訴訟を維持継続せざるを得ず、また、右換地処分取消請求訴訟について敗訴したため控訴(東京高等裁判所平成四年(行コ)第一二〇号。以下「別件控訴事件」ともいう。)せざるを得なくなったことにより、訴訟に要した実費二一七万六七一五円及び滅失利益(訴訟準備のため労働をしなければならなくなったことにより費やした労働の対価)一二五七万七七三〇円の各損害をそれぞれ被り、さらに、右各訴訟の訴訟代理人及び指定代理人等が書簿閲覧を妨害し、誤った法解釈を強要し、準備書面に虚偽の説明を記載し、偽装工作等の欺罔行為をするなどして合計一九回にわたり被控訴人を公然と侮辱したことにより一回につき五〇万円、合計九五〇万円の精神的損害を被った旨主張し、控訴人に対し、国家賠償法一条一項に基づき、右各損害金合計二四二五万四四四五円の支払を求めた事案である。
控訴人は、訴訟の実費相当の損害及び滅失利益の損害について、当該訴訟の訴訟費用額確定の方法によらず、別訴で訴訟費用相当の損害賠償を請求することはできない旨主張し、さらに、被控訴人主張のような違法行為はしていない、仮に、被控訴人が、国家賠償法一条一項により損害賠償請求権を有するとしても、既に時効により消滅しているなどと争った。
原判決が、被控訴人の請求のうち、第一事件、第四事件及び別件控訴事件につき知事及び茨城県下館土地改良事務所長が応訴した行為が控訴人の不法行為に当たる旨認定し、訴訟に要する実費相当の損害金として一八五万八六五八円を認容すると共に、右各訴訟の訴訟代理人及び指定代理人が、第一事件につき提出した昭和六三年四月一四日付け準備書面及び別件控訴事件につき提出した平成六年五月二日付け準備書面に虚偽の説明を記載し被控訴人を公然と侮辱した旨認定し、慰謝料として一回につき五〇万円、合計一〇〇万円を認容し、その余の請求を棄却したので、控訴人が控訴をした。
控訴審においては、第一審判決の取消及び変更は、不服申立の限度においてのみ、これをすることができるから、本件で判断すべき事項は、控訴人が不服を申し立てた第一事件、第四事件及び別件控訴事件の訴えの提起、応訴等に関する控訴人の不法行為責任(訴訟の実費相当の損害金に関する責任)の存否並びに右各事件の訴訟代理人及び指定代理人が、第一事件につき提出した昭和六三年四月一四日付け準備書面及び別件控訴事件につき提出した平成六年五月二日付け準備書面に関する控訴人の不法行為責任の存否に限られる(なお、原判決が被控訴人の請求を棄却した部分については、本件全証拠に照らし、いずれも是認することができる。)。」
2 原判決五頁一〇行目の「昭和五九年二月」の次に「二日、換地計画(以下「第一次換地計画」ともいう。)が決定され、同月」を、同一一行目の「甲第一号証の一、」の次に「第九号証、」をそれぞれ加える。
3 原判決六頁二行目末尾に続けて「なお、本件事業の執行に当たっていた茨城県下館土地改良事務所長は、真和土地改良区に対し、換地計画等の事務を委託し、さらに、真和土地改良区は、茨城県下館土地改良事務所長の同意を得て、茨城県土地改良事業団体連合会に対し、換地事務を再委託している(甲第五七号証、乙第七号証、弁論の全趣旨)。」を加える。
4 原判決七頁六行目の「甲第一三号証」から同七行目の「第二三号証」までを「甲第一号証の一、第一三号証、第一五号証、第二四五号証、弁論の全趣旨」に訂正する。
5 原判決九頁九行目から同一〇行目にかけての「公告した。」の次に「本件地区における」を加える。
6 原判決一〇頁一行目から同二行目にかけての「九億五八六三万九五七二円」を「九億五八六三万九五二七円」に訂正する。
7 原判決一七頁八行目冒頭から同一八頁九行目末尾までを次のように訂正する。
「三 控訴審における争点
1 本案前の争点
(一) 国家賠償法一条一項に基づき別訴における訴訟の実費相当の損害賠償を請求することができるか
(二) 本件控訴は、弁護士法二五条四号に違反し無効か
(三) 本件控訴は、法律上の前提を欠くものとして無効か
2 本案の争点
(一) 被控訴人は、控訴人の公務員の不法行為及び不当応訴により、第一事件を提起し、これを維持せざるを得なかったか
(二) 被控訴人は、控訴人の公務員の不法行為及び不当応訴により、第四事件を提起、維持し、さらに控訴(別件控訴事件)せざるを得なかったか
(三) 第一事件につき知事の訴訟代理人及び指定代理人が提出した昭和六三年四月一四日付け準備書面は、被控訴人を公然と侮辱するものであるか
(四) 別件控訴事件につき事務所長の訴訟代理人及び指定代理人が提出した平成六年五月二日付け準備書面は、被控訴人を公然と侮辱するものであるか
(五) 仮に、被控訴人が国家賠償法一条一項に基づき損害賠償請求権を有するとしても、右請求権は、時効により消滅しているか
(六) 被控訴人は幾らの損害を被ったか」
二 主張の付加
1 控訴人
(一) 第一事件については、被控訴人に訴訟費用を負担させる旨の判決が、第四事件及び別件控訴事件については、事務所長に訴訟費用を負担させる旨の判決がそれぞれ確定しており、本訴において、改めて訴訟費用相当の損害賠償請求を許すことは、右確定判決の既判力を侵すものである。
また、仮に、本訴において不法行為を原因として訴訟費用相当の損害賠償請求が許されるとしても、その賠償額は民事訴訟費用等に関する法律(以下「民事訴訟費用法」という。)に定める定型的定額基準によるべきである。
(二) 旧民事訴訟法(明治二三年法律第二九号)の下では、当事者主義・弁論主義・処分権主義が基本原理とされていたのであるから、当事者は、初めから証拠が存在せず又は明白な証拠に背反する事実を殊更に自己の認識に反して主張する場合、すなわち、明白な著しい悪意に出た場合のほかは、主張・立証活動につき不法行為責任を問われることはないというべきである。
訴えの提起を受けた被告(以下「応訴者」という。)は、応訴の理由がないことを知り又は知るべきである場合にも、答弁書をもって請求の棄却を求め、判決の言渡ないし判決の確定を防いだ上、和解による円満な解決を図ることが実務上許されており、正当な理由がなく応訴する行為が直ちに不法行為を構成すると解することはできない。
また、行政事件訴訟法は、処分の無効確認請求を認容するには処分に重大かつ明白な瑕疵が存在することを必須の要件とし、しかもその立証責任を「原告」に負わせている上、行政処分の取消訴訟について事情判決の制度(同法三一条)を設けているから、同法は、この種の行政訴訟について、基本的に被告行政庁が応訴することを予定し、容認しているというべきである。
(三) 知事が第一事件に応訴したことは、以下のとおり、不法行為を構成しない。
(1) 第一事件は、昭和五九年二月二日に決定され、同月九日に公告された第一次換地計画のうち、被控訴人所有地に係る部分の無効確認を求めて提訴されたものである。
そもそも、換地計画は、農業近代化を目的として農用地の基盤整備を図る公共事業である土地改良事業の実施のための計画であり、極めて多数の農業経営者に対し、農道・用排水路・機場などの公共施設を設置改善し、かつ従前地につき同時一斉に対物処分としての変動をもたらす換地処分を行うための計画であるから、これについて一権利者にすぎない被控訴人から無効確認訴訟を提起されたからといって、直ちにこれを無効と認めて争わないことが行政庁の義務であるということはできない。
(2) 知事は、第一事件が提起された段階で、被控訴人が、第一次換地計画の重大かつ明白な瑕疵につき、どのような主張立証をするか予測できない状況であった。すなわち、被控訴人は、第一事件の訴状において、<1>違法な賃借権の設定、<2>違法な土地収用代金の没収、<3>違法な共同減歩の決定、<4>換地会議議事録の偽造(虚偽公文書の作成と行使)と題し、それらの各項目についての事実主張をもって、第一次換地計画決定の無効確認の請求原因としているところ、これらの主張事実は、いずれも第一次換地計画の決定につき重大かつ明白な瑕疵があると判断し得るものではなかったから、知事としては、被控訴人に対し、十分に請求原因事実としての重大かつ明白な瑕疵の主張立証を尽くさせる必要があった。
また、特別換地のうち、従前地に対し換地交付基準率の下限二〇パーセントを下回る換地配分がされたことについては、当該権利者から「特別換地同意書」が徴収されていて適法とされるから、問題となるのは換地交付基準率の上限二〇パーセントを超える増歩換地の換地配分につき、換地会議において三分の二以上の特別決議による同意が存したか否かであるところ、知事は、第一事件につき答弁書を提出するまでの短期間内に、第一次換地計画について適切な説明がされた上で三分の二以上の特別決議による同意がされたか否かを調査し把握することは困難であり、差し当たり、答弁書において、被控訴人主張の無効原因を争うことはやむを得ないのみならず、むしろそれ以外の選択があり得ない状況であった。
以上のとおりであるから、控訴人は、第一事件に応訴したことについて、不法行為責任を負わない。
(3) 仮に、第一次換地計画において、河川改修工事用地の買収を受けた権利者に対し、買収分の地積に見合う代替地積を与えたとの事実があったとしても、知事は、右事実を知ることができなかったから、訴訟代理人及び指定代理人が昭和六三年四月一四日付け準備書面を提出して右事実を否認したことについて過失はない。
すなわち、一般的に知事の行う換地計画は、控訴人の行政機関である事務所長が「茨城県営換地計画等事務委託要領」に基づいて、地元の土地改良区に対し換地計画事務などを委託し、受託者である当該改良区が、その裁量により換地計画案を立案・作成し、その換地計画案を委託業務に係る成果品として事務所長に提出し、事務所長がこれを書面審査の上受理し、その後換地会議の法定議決を経てこれを知事に進達し、知事が、知事部局の農地部長の下でチェックをした上決定をするという過程をとるところ、事務所長及び知事部局が、土地改良区が担当する換地計画案の立案・作成の過程に関与・介入して実質的審査を行うべきことを義務づけている法律的根拠は存在しない。しかも、第一次換地計画においては、事務所長が、換地計画の立案・作成の作業を、真和土地改良区に委託し、さらに、真和土地改良区が茨城県土地改良事業団体連合会に再委託し、同連合会において専門的資格を有する「土地改良換地士」が責任をもって作業を行ったのであるから、知事及び事務所長が調査の必要性があるとする特段の理由を認めなかったのは全く無理からぬものがあった上、知事及び事務所長は、河川改修工事用地の買収を受けた権利者に対し、買収分の地積に見合う代替地積を与えたか否かが判明する資料を提供されていなかったことを考慮すると、知事は、右事実の存否を調査する義務を負っておらず、また、右事実を知ることもできなかったというべきであるから、訴訟代理人及び指定代理人が、昭和六三年四月一四日付け準備書面を提出して右事実を否認したことについて過失はない。
(4) なお、被控訴人が提出する甲第二号証(根本哲男の証言調書)、第二四一号証の一(県営土地改良事業〔真壁北部地区〕の訴訟概要)は、いずれも第一事件提訴後に作成された文書であるから、第一事件が不当応訴であるか否かの判断に供することはできず、また、甲第八〇号証(真和土地改良区「特別会計」帳簿内容)及び第八八号証(真和土地改良区特別会計資料抜粋)も、真和土地改良区の内部文書であって、知事において、その内容を知り得べきものではないのみならず、第一事件提訴後に作成された文書であるから、第一事件が不当応訴であるか否かの判断に供することはできない。
(四) 控訴人の公務員が第四事件及び別件控訴事件に応訴したことは、以下のとおり、不法行為を構成しない。
(1) 第四事件は、事務所長が、平成二年一一月二二日にした本件換地処分の取消を求めて提訴されたものである。
(2) そもそも、換地処分は、土地改良事業施行地域に係る全権利者について、個別それぞれの換地処分が同時一斉に総体的に対物処分の効力を発生させるという基本的性格からして、軽々に取り消すことはできないものである。
(3) 事務所長は、対物的効力を発生させる行政処分である本件換地処分をし、いわゆる公定力を発生させた以上、公共の利益のため、本件換地処分の適法性を主張立証し、本件換地処分の効力を維持するため最大限の訴訟活動をすることが義務とされていた。けだし、事務所長は、第四事件を争うことなく取消判決を受けてこれを確定させれば、被控訴人のみならず、本件土地改良事業施行に係る全権利者に対し、各自の換地処分を取り消し、新たに換地処分を行う必要が生じるから、公共の利益を保全する責任を担う行政庁として、被控訴人に対する換地処分を取り消すことにより被控訴人以外の多数の権利者の被る甚大な不利益を回避するため、第四事件に応訴することが要請されるものであり、本件換地処分の適法性につき、極力、主張立証を尽くすほか選択の余地がなかったものである。そして、事務所長は、本件換地処分の適法性の主張立証に努め、第四事件の第一審で勝訴し、別件控訴事件においても、本件換地処分の取消を免れ、請求棄却の判決を得て、被控訴人以外の多数の権利者の公共的利益を擁護したのであるから、事務所長のした右訴訟行為が不法行為を構成することはない。
(4) 第四事件において取消の対象となった本件換地処分は、平成二年九月二七日に公告された換地計画(以下「第二次換地計画」ともいう。)に基づくものであるところ、第二次換地計画は、平成元年一〇月一一日に取消決定された第一次換地計画とは異なるものであり、仮に、第一次換地計画に、河川改修工事用地の被買収者には、右買収土地を実質的に従前地に含め、他の受益者に比べ、より多くの換地を交付し、その分を他の受益者に対する配分から削減するという形で立案されたという違法事由があったとしても、第二次換地計画は、それを引き継がない。したがって、事務所長は、右違法事由がそのまま第二次換地計画に引き継がれ存続していたとは認識することができなかったものであり、第二次換地計画を、第一次換地計画とは同一性のない成果品として受理・採用し、換地会議において法定多数による議決を得て第二次換地計画決定に及んだものであって、その行政事務の処理については、何ら不適切な点はない。
事務所長は、第四事件において、平成六年五月二日付け準備書面を提出し、「一般に地区界線と呼ばれる土地改良事業施行地域の外周をなす境界線に沿う区画では、不整形な換地を生ずることが避けられないのが通常であるが、このような不整形な換地を指定された権利者について、同法(土地改良法)五三条第一項第三号の限度を超える地積の増減を招く場合を生じたのである。」等と記載し、陳述しているが、これは、自らの認識に従ったものである上、内容的にも誤りがないものであるから、不当抗争として不法行為責任を負わせられるものではない。
(四) 仮に、知事が、第一事件につき昭和六三年四月一四日付け準備書面を提出したことが不法行為に当たるとしても、控訴人の責任は、同日から三年間の経過により時効消滅している。なお、別件控訴事件は、第一事件とは同一性がないから、消滅時効の起算点を別件控訴事件の判決の確定時とすることはできない。
2 被控訴人
(一) 本件控訴を提起した控訴人訴訟代理人弁護士中井川昇一以下「中井川弁護士」という。)は、第一事件、第四事件及び別件控訴事件において、知事又は事務所長の訴訟代理人であった者であるから、本件は、中井川弁護士にとって、「公務員として職務上取り扱った事件」に該当し、弁護士法二五条四号の規定により、「職務を行い得ない事件」に該当する。しかるに、中井川弁護士は、本件控訴を提起したものであり、本件控訴は、同号に違反し無効であるから、却下されるべきである。
(二) 控訴人の控訴理由は、別件控訴事件の事情判決を根拠として、第四事件及び別件控訴事件における控訴人の公務員の行為は、昭和五四年以前に行われた一時利用地の指定及びそれに伴う工事を維持すべく争った行為であり、公益目的に合致しているから不法行為に該当しないというものである。しかし、事情判決は、控訴人の公務員の行為の違法性を阻却するものではなく、むしろ、違法な行為をあえて受忍しなければならない当事者に対する損害賠償を義務づけるものであり、また、別件控訴事件は、一時利用地の指定に関する行政訴訟ではなく、一時利用地の指定とは法律上の関連性を有しないから、第四事件及び別件控訴事件において控訴人の公務員が昭和五四年以前に行われた一時利用地の指定及びそれに伴う工事を維持すべく争ったものとはいえない。さらに、知事は、昭和六〇年一二月二三日、従前の事業計画につき、河川改修工事用地を地区外とすること及び事業費を大幅に増額する旨の内容の変更をし、平成元年一〇月一一日、第一次換地計画を取り消し、新たに作成された第二次換地計画に基づき本件換地処分をしたものであるから、昭和五四年以前に行われた一時利用地の指定及びそれに伴う工事を維持することは、知事の機関意思とは正反対のものである。以上の次第で、控訴人の控訴理由は、前提を欠く上、信義則に反し、控訴権を濫用するものであるから、本件控訴は、重大かつ明白な瑕疵があるものとして却下又は棄却されるべきである。
(三) 応訴者の応訴行為が不法行為とされるのは、<1>当該訴訟において応訴者のした権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠く上、<2>応訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて応訴したなど、応訴の内容が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる。
また、国家賠償請求訴訟である本訴においては、個々の公務員個人ではなく組織全体の機関意思を基準として、不当応訴に当たるか否かを判断しなければならない。
以上のような観点からすれば、第一事件、第四事件及び別件控訴事件において、知事又は事務所長が応訴をした行為が、組織として違法行為の認識があったものであり不当応訴に当たることは明らかである。
(四) 控訴人は、地元の土地改良区に対し換地計画事務などが委託された場合に、事務所長及び知事部局が、土地改良区が担当する換地計画案の立案・作成の過程に関与・介入して実質的審査を行うべきことを義務づけている法律的根拠は存在しない旨主張するが、地方公共団体の職務に関する業務委託は、地方自治法二三四条の二第一項の「当該普通地方公共団体の職員は、制令の定めるところにより、契約の適正な履行を確保するため又はその受ける給付の完了の確認をするため必要な監督又は検査をしなければならない。」と規定し、明確に指導監督義務を定めているのであって、控訴人の右主張は非常識かつ荒唐無稽である。
真和土地改良区の根本哲男事務局長は、昭和五六年三月二日開催の換地会議において、事務所長臨席の下、被控訴人の質問に答えて、河川改修工事用地を買収方式とし、さらにその地積分については本件事業において共同減歩とし、その代わり買収代金は全額真和土地改良区が収容し、事業費として消費する旨回答しているところ、中井川弁護士らは、水戸地方裁判所が、第一事件の審理において、昭和六三年一〇月六日に実施した検証において、右会議の内容を録音したテープを聴き、右事実を知るに至ったものである。したがって、知事又は事務所長が、第一事件提起当時、右事実を知り得べき状況になかったということはない。
(五) 控訴人は、仮に、第一次換地計画に、河川改修工事用地の被買収者には、右買収土地を実質的に従前地に含め、他の受益者に比べ、より多くの換地を交付し、その分を他の受益者に対する配分から削減するという形で立案されたという違法事由があったとしても、第二次換地計画は、それを引き継がない旨主張するが、第二次換地計画の受益者のうち八七パーセントは、第一次換地配分と同一であり、換地地積が変動している者も、工事上の手直し等の理由で再測量が行われた結果であって、換地設計が変更された事実はないから、第一次換地計画の違法性が第二次換地計画に引き継がれないとの主張は虚偽である。
(六) 被控訴人が提起した第一事件を初めとする一連の訴訟は、個々の受益者に対する換地配分がどのようにして行われたかという同一の争点に関するものであり、それぞれが不可分の関係にある。右一連の訴訟の継続中に、消滅時効期間の経過を理由として損害賠償の責めを免れようとするのは著しく公平を欠くものであり、控訴人が、右一連の訴訟中の消滅時効期間の経過を理由として損害賠償の責めを免れようとするのは、権利の濫用である。
第三当裁判所の判断
一 本案前の主張について
1 争点1(一)(国家賠償法一条一項に基づき別訴における訴訟の実費相当の損害賠償を請求することができるか)について
(一) 他人の不法行為により損害を被った被害者が、その損害等の回復のために訴訟を提起することを余儀なくされた場合、右訴訟の提起と追行に要する相当な費用については当初の不法行為と因果関係に立つ損害として加害者に対し賠償を求め得るが、相手方が故意又は過失によって不法にその権利を争い、そのため訴訟による解決が遅延し、被害者が余分な出費を余儀なくされた場合には、不当応訴という不法行為に基づく損害賠償としても、相手方に対し、相当と認められる額の範囲のものに限り、請求することができると解するのが相当であり、この理は、国家賠償の請求についても異なるものではないと解される。
控訴人は、右損害については、訴訟費用額確定決定の方法によるべきである旨主張するが、民事訴訟費用法は、不法行為に基づき、当該訴訟に要した費用相当の損害賠償を請求することを禁ずる旨の規定を置いていない上、不法行為に基づく損害賠償であれば、他の損害と併せて訴訟費用相当の損害を請求をし得るという利益があり、また、訴訟において勝訴すれば、不法行為に基づく損害賠償請求権であることが既判力をもって確定され、他の債権による相殺が許されなくなるという効果が生ずることになるから、訴訟費用相当の損害賠償請求を求める訴訟の確定に先立って訴訟費用の負担についての裁判が確定し、かつ、訴訟費用額確定決定あるいは費用額を定める処分が確定していて極めて容易に権利を実現できるような場合は、別として、被害者は、相手方に対し、不法行為に基づき、当該訴訟に要した費用の相当額につき損害賠償を請求することができるというべきである。
(二) 前記第二、二(四)及び(九)のとおり、第一事件につき、平成二年一月二三日、訴えを却下し、訴訟費用を被控訴人の負担とする旨の判決が言い渡されており、また、第四事件につき、平成四年一〇月二七日、請求を棄却し、訴訟費用を被控訴人の負担とする旨の判決が言い渡され、その控訴審(別件控訴事件)において、平成七年三月一五日、請求を棄却するが、本件換地処分が違法である旨の事情判決をし、訴訟費用は第一、二審とも事務所長の負担とする旨の判決が言い渡され、上告審において、平成一〇年一二月一八日、上告を棄却し、上告費用を被控訴人の負担とする旨の判決が言い渡されている。しかし、その後、右各事件について、訴訟費用額の確定の申立てあるいは費用額を定める処分がされた形跡は見当たらないものである(弁論の全趣旨)。したがって、本訴が、「訴訟費用相当の損害賠償請求を求める訴訟の確定に先立って、訴訟費用の負担についての裁判が確定し、かつ、訴訟費用額確定決定あるいは費用を定める処分が確定していて極めて容易に権利を実現できるような場合」に該当するとは認められないから、被控訴人は、その要件が存する限り、国家賠償法一条一項に基づき、控訴人に対し、第一事件、第四事件及び別件控訴事件における実費相当の損害賠償を請求することができるものである。
(三) 控訴人は、第一事件については、被控訴人に訴訟費用を負担させる旨の判決が、第四事件及び控訴事件については、事務所長に訴訟費用を負担させる旨の判決がそれぞれ確定しており、本訴において、改めて訴訟費用相当の損害賠償請求を許すことは、右確定判決の既判力を侵す旨主張するが、本訴は、被控訴人が、控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償として、第一事件、第四事件及び別件控訴事件における実費相当の損害賠償を請求するものであり、訴訟費用の償還を求めるものではないから、第一事件、第四事件及び別件控訴事件の確定判決の既判力を侵すものではない。
また、控訴人は、不法行為を原因として訴訟費用相当の損害賠償請求をすることが許されるとしても、その賠償額は民事訴訟費用法に定める定型的定額基準によるべきである旨主張するが、不法行為に基づく損害は、当該不法行為と相当因果関係を有する限り請求をすることができるのであって、賠償額が民事訴訟費用法に定める定型的定額基準に限定されるわけではないし、当該不法行為と相当因果関係を有する現実の損害と認められなければ、民事訴訟費用法に定める定型的定額基準に該当する場合であっても損害賠償請求をすることができないというべきである。
2 争点1(二)(本件控訴は、弁護士法二五条四号に違反し無効か)について
被控訴人は、本件控訴を提起した中井川弁護士が、第一事件、第四事件及び別件控訴事件において、知事又は事務所長の訴訟代理人であった者であるから、本件は、中井川弁護士にとって、「公務員として職務上取り扱った事件」に該当し、弁護士法二五条四号の規定により、「職務を行い得ない事件」に該当することを前提として、中井川弁護士が提起した本件控訴は、同号の規定に違反し無効である旨主張するが、同号の規定は、公務員であった弁護士が、公務員であった当時にその職務上取り扱った事件について、公務員を退官した後、弁護士として右事件に関与することが、弁護士としての公正を害するおそれがあることから、右事件への関与を禁ずることとしたものと解されるところ、右規定の趣旨からすれば、弁護士が、行政庁を当事者とする訴訟に訴訟代理人として関与した場合には、右事件をもって「公務員として職務上取り扱った事件」に当たらないというべきである。本件では、中井川弁護士は、第一事件、第四事件及び別件控訴事件において、知事又は事務所長の訴訟代理人として事件に関与したにすぎないから、中井川弁護士がした本件控訴が、同号の規定に反し無効であるとは解されない。
3 争点1(三)(本件控訴は、法律上の前提を欠くものとして無効か)について
被控訴人は、控訴人の控訴理由が、前提を欠く上、信義則に反し、控訴権を濫用するものであるから、本件控訴は、重大かつ明白な瑕疵があるものとして却下又は棄却すべきである旨るる主張するが、控訴理由に主張された前提となる事実の存在を認めることができず、又は前提となる事実に対する評価が誤っているため控訴が理由あるとは認められないからといって、直ちに控訴が不適法となるものではない上、本件全証拠を検討しても、本件控訴が信義則に反し、控訴権を濫用するものとは認められない。
二 本案の主張について
1 争点2(一)(被控訴人は、控訴人の公務員の不法行為及び不当応訴により、第一事件を提起し、これを維持せざるを得なかったか)について
(一) 本件換地計画の適法性について
本件換地計画の適法性についての判断は、次のとおり加除訂正するほか、原判決二二頁七行目冒頭から同四七頁六行目末尾のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決二二頁八行目の「及び弁論の全趣旨によれば」を「、第二四五号証及び弁論の全趣旨によれば、本件換地処分において」に訂正し、同一一行目の「二一六六平方メートルと、」の次に「交付率を八七・七パーセントと訂正する。)」を加える。
(2) 原判決二三頁二行目の「とおりである、」を「とおりである。」に同七行目の「各換地交付率」を「本件換地交付率」にそれぞれ訂正する。
(3) 原判決二四頁一一行目の「満たないこととの」を「満たないことを要件とする旨」に訂正する。
(4) 原判決二五頁五行目から六行目にかけての「下限を超える」を「下限に満たない」に訂正する。
(5) 原判決二九頁六行目の「受益者一二名が」を「受益者一二名全員につき」に訂正し、同八行目の「立証はない」の次に「(乙第九号証及び第一〇号証の各一ないし三によれば、右一二名のうち、地区界線に沿った区画の所有者は三名にすぎない。)」を加える。
(6) 原判決三二頁一一行目から同三三頁一行目にかけての「(甲第一九七号証の一ないし六、第二〇〇号証)」を削除する。
(7) 原判決三四頁四行目の「甲第二号証、」の次に「第八号証の二、第四八号証、」を、同行目の「第八八号証、」の次に「第九四号証、」を、同六行目の「進められていた」の次に「第一次」をそれぞれ加える。
(8) 原判決三五頁三行目の「もっとも、」の次に「第一次」を加える。
(9) 原判決四一頁一行目の「法八九条の二の二項、五二条五項前段、六項」を「法八九条の二の三項、五三条一項三号」に訂正する。
(10) 原判決四二頁四行目から同五行目にかけての「解されるところ」の次に「(法八九条の二の二項、五二条五項前段、六項)」を加える。
(二) 第一事件の提起及び応訴について
(1) 被控訴人は、昭和四七年当時、本件地区内に畑及び田各一筆合計五七七平方メートルを所有していた(甲第四号証、第五号証)。
(2) 被控訴人は、昭和四九年四月ころ、本件地区から茨城県西茨城郡友部町に転居し、以後、同町、千葉県、東京都等に居住していた。被控訴人は、昭和五一年ころ、母から、土地売買契約書、真和土地改良区に対する白紙委任状等を送付された上、「河川改修工事用地として農地の一部が買収されることになったので、契約書に押印して欲しい。」と言われた。右契約書は、事務所長に対し前記土地の一部を売却する等の内容であったが、被控訴人は、言われるがままに、右契約書等に署名押印して返送した(甲第三号証の一ないし三、第四号証、第五号証、第二四五号証)。
(3) 被控訴人は、昭和五三年夏ころ、母に会って、右売買契約がどうなったのかを聞いたが、事情が分からなかったのみならず、売買代金を受領したことも契約書の控えの交付を受けたこともないと言われたことから、右土地売買契約について調査を始めた(甲第二四五号証)。
(4) 被控訴人は、昭和五三年一一月ころ、真和土地改良区を訪問し、根本哲男事務局長から事情を聞いたところ、土地改良事業(本件事業)において、耕作者の田口きくのの受益地として一時利用地の指定がされている旨聞かされ、同女に対する「一時利用地指定通知書」の控え(甲第二三八号証)を交付された。被控訴人は、右「一時利用地指定通知書」の控えを見て、被控訴人所有の農地が田口きくの所有の農地と一体化されて一時利用地の指定がされていることを知った。また、被控訴人は、根本哲男事務局長から、前記(2) で被控訴人が事務所長に売却した農地は河川改修工事用地とされるものであり、前記(一)で認定したとおり、河川改修工事用地については共同減歩として換地の中で調整するため、右農地の売買代金についてはこれを真和土地改良区が取得して土地改良事業の事業費とし、被買収者には交付しないことが決まっている旨説明された(甲第二四五号証)。
(5) 被控訴人は、その後の調査で、真和土地改良区が被控訴人の農地の売買代金等合計二三万九〇〇〇円を受領していることを知り、真和土地改良区に対し右売買代金等の返還を請求したところ、根本哲男事務局長から、右農地を「不換地の申出地」として扱うことを条件として売買代金等の返還をする旨の提案を受けたので、これを了承したところ、昭和五四年二月九日、真和土地改良区から、手数料等を引いた残金二三万八七〇〇円が送金された(甲第六号証、第七号証、第二三九号証、第二四五号証)。
(6) 被控訴人は、昭和五六年三月二日、大和村東飯田公民館において、事務所長を主催者として開催された換地会議に出席し、被控訴人所有農地に係る「各筆換地等明細書」(甲第二四〇号証)の交付を受けたところ、従前地の面積が五七七平方メートル、換地の面積が五〇七平方メートルで、交付率が約八八パーセントになっていたことから、他の土地所有者が河川改修工事用地として事務所長に売却した土地に関する共同減歩分として一二パーセントを被控訴人が負担する形になっていると推測した。しかし、被控訴人は、既に河川改修工事用地を別途提供しているので右のような負担を受け入れることはできないと思い、さらに、「各筆換地等明細書」には田口きくのに賃借権が設定されている旨記載されていたことから、このような減歩を受けることには納得できない旨強く抗議したが、受け入れられなかった(甲第四八号証、第九〇号証、第九一号証、第二四〇号証、第二四五号証)。
(7) 被控訴人は、以後、独学で調査・研究を重ねた上、まず、田口きくのの賃借権の存在を争うこととし、昭和六一年ころ、下館簡易裁判所に、田口きくのを被告として、賃借権不存在確認請求事件(同裁判所同年(ハ)第二三号)を提起し、昭和六二年二月二三日、勝訴判決を受けた(甲第一九号証、第二四五号証)。
(8) 被控訴人は、右賃借権不存在確認請求事件が係属中の昭和六二年一月一二日ころ、水戸地方裁判所に、知事を被告として、第一次換地計画決定の無効確認を求める第一事件を提起した。第一事件の訴状における請求の原因は、第一次換地計画の決定に関しては、<1>事務所長が、被控訴人所有農地につき、田口きくのの賃借権を違法に認定したこと、<2>河川改修工事用地として事務所長に売却した土地の売買代金が、真和土地改良区に没収されたこと、<3>本件事業につき違法な共同減歩の決定がされていること、<4>昭和五六年三月二日に開催された換地会議の議事録が偽造されたものであることなど数々の違法行為が行われているところ、これらの行為は、控訴人らの指導により、下館土地改良事務所、真和土地改良区、大和村及び大和村農業委員会の四者が総ぐるみになって行ったものであり、第一次換地計画は無効であるというものであった(乙第六号証)。
(9) 知事は、第一事件に関し、昭和六二年三月三日付け答弁書を提出し、第一次換地計画の決定には行政行為としての処分性がないことを理由として訴えの却下を求めると共に、請求棄却を求める旨の本案の答弁をし、被控訴人の主張する請求原因についてはすべて否認した。知事は、その後も一貫して被控訴人の請求原因を争い、昭和六三年四月一四日付け準備書面では、「原告は、被告が河川改修工事用地として買収を受けた権利者に対し買収分の地積に見合う代替地積を与えたとか、買収代金を訴外改良区に取得させることを計画したなどと主張しているが、かかる事実は勿論存在しない。」と陳述するなどした(甲第三五号証の一ないし七)。
(10) 第一次換地計画は、昭和六〇年一二月二三日、河川改修工事用地一九ヘクタールを土地改良の対象から除外するなどの内容の事業計画の変更がされたことなどから、平成元年一〇月二日、取り消された(甲第一号証の一、第一五号証、第五一号証)。
知事は、右のように第一次換地計画が取り消されたので、被控訴人には訴えの利益がなくなったとして、訴えの却下を求める平成元年一〇月二六日付け準備書面を提出した。水戸地方裁判所は、平成二年一月二三日、第一事件の訴えを却下し、訴訟費用を被控訴人に負担させる旨の判決を言い渡した(甲第二〇号証、第三五号証の八)。
(三) 不法行為の成否について
前記(一)、(二)の認定判断に基づき、第一事件に関し、控訴人の不法行為が成立するか否かについて判断する。
(1) 被控訴人は、控訴人の公務員の不法行為により第一事件を提起せざるを得なかったかについて
前記(一)、(二)の事実によれば、被控訴人は、本来、換地により従前地の約九六・三七パーセント程度の土地を取得できるはずであったのに、共同減歩を組み込んだ違法な第一次換地計画の決定により、従前地の約八七・九パーセントの換地を取得するにすぎないこととされたため、真和土地改良区に対し、これを是正するよう要求したが、拒絶されたので、これを主要な理由として第一事件を提起せざるを得なくなったものと認められる。そして、第一次換地計画は、事務所長から委任された真和土地改良区、又は真和土地改良区から再委任された茨城県土地改良事業団体連合会において立案・作成されたものであるが、地方自治法二三四条の二第一項が、地方公共団体の職務に関する業務委託につき、「当該普通地方公共団体の職員は、制令の定めるところにより、契約の適正な履行を確保するため又はその受ける給付の完了の確認……をするため必要な監督又は検査をしなければならない。」と規定している趣旨、委任契約上、真和土地改良区は、事務所長の指示に従って右委任事務をすることとされ、再委託する際にもあらかじめ事務所長の承認を受けることとされていること(甲第五七号証、乙第八号証)に照らすと、事務所長は、換地計画に基づき受益者等に不当な損害を及ぼすことがないようにするため、真和土地改良区ないし茨城県土地改良事業団体連合会に指示して、適切な換地計画を作成させ、違法な換地計画が作成された場合にはその提出を受けた段階で、これを調査し、是正させる義務があったところ、右義務を懈怠し、真和土地改良区から、第一次換地計画の提出を受けた際、これが違法であることを看過し、その結果、被控訴人をして、第一事件を提起せざるを得なくさせたものであるから、控訴人は、被控訴人の第一事件の提起について、その公務員である事務所長の不法行為に基づき、国家賠償法一条一項に規定する損害賠償責任を負うというべきである。そして、第一事件については、第一次換地計画が取り消された平成元年一〇月一一日の段階で、被控訴人が訴えを維持する利益ないし必要性がなくなっていると認められるから、右不法行為と相当因果関係を有する損害は、同日までの訴訟に要した実費相当額に限られるというべきである。
なお、控訴人は、第一次換地計画の決定において、河川改修工事用地の買収を受けた権利者に対し、買収分の地積に見合う代替地積を与えたとの事実があったとしても、知事は右事実を知ることができなかったから過失はない旨主張するが、右に判示したとおり、事務所長には過失があったというべきであるから、控訴人の主張は、採用することができない。
(2) 控訴人の不当応訴の成否について
イ 第一事件は、弁論主義が適用される行政事件訴訟であり、当事者双方が主張立証を尽くした上で請求の当否が判断されることが予定されているものであるから、攻撃又は防御の方法の提出を不当に制限することはなるべく避けるべきであり、しかも応訴行為は、積極的に訴訟を提起する場合とは異なるから、これが不法行為となるのは、応訴者が、当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて応訴して訴訟による解決を徒らに遅延させたなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限られるというべきである(最高裁昭和六三年一月二六日第三小法廷判決・民集四二巻一号一頁参照)。
ロ 知事は、第一事件に関し、訴えの却下を求め、被控訴人の主張する請求原因事実をすべて否認するなどして応訴したものであるが、第一次換地計画の決定には行政行為としての処分性がないとの知事の主張は、全く法律的根拠を欠くとまではいえないこと、本件事業は、農業の近代化のため農用地の基盤整備を図るという公共的目的を有する県営の土地改良事業であり、これが無効とされるときは、本件事業の対象となった多数の土地所有者等の権利関係に影響を与えるものであるから、知事としては、関係者に事実関係を確認して知事の主張内容の真偽、請求の当否を確認・判断することは無論のこととして、訴えが適法であるか否か、判決手続以外による解決の方法があるか否かなどあらゆる角度から慎重に検討し、適切妥当な解決の道を探すべきであるから、知事が第一事件における被控訴人の主張する請求原因事実をすべて否認し、その主張を直ちに認めなかったことにも一応の相当性があること、第一事件は、結局、第一次換地計画の決定が取り消されたことにより、訴えの利益がないとして却下されていることを考慮すると、知事が、被控訴人の主張を直ちに認めず、応訴したことをもって、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとまでは解されない。
なお、真和土地改良区の根本哲男事務局長は、昭和五六年三月二日開催の換地会議において、事務所長出席の下、被控訴人の質問に答えて、河川改修工事用地を買収方式とし、さらにその地積分については本件事業において共同減歩とし、その代わり買収代金は全額真和土地改良区が収容し、事業費として消費する旨回答しているから、事務所長は、当然右事実を知っていたと認められるが(甲第四八号証、第九〇号証、第九一号証)、右事実をもってしては、前記認定判断を左右することはできない。
2 争点2(二)(被控訴人は、控訴人の公務員の不法行為及び不当応訴により、第四事件を提起、維持し、さらに控訴せざるを得なかったか)について
(一) 被控訴人の提起した第四事件は、被控訴人が事務所長に対し、被控訴人所有の農地について、平成二年一一月二二日付換地処分通知書により行った本件換地処分の取消を求めるものであり、取消を求める理由の要旨は、本件換地計画が、河川改修工事用地の被買収者に対し、本来、換地処分の従前地に含めることができない右用地を実質的に従前地に含め、それに見合う地積を、換地として交付するという形でされたもので、換地の配分が不公平であるというものであり(甲第二二号証)、被控訴人は、第一次換地計画と同様に、第二次換地計画ないし本件換地処分においても、共同減歩を組み込んだ違法な換地が目論まれていることから、その取消を求めたものである。
そして、第二次換地計画ないし本件換地処分も、第一次換地処分と同様に、共同減歩を組み込んだ違法なものであったことは、前記二1(一)のとおりであり、被控訴人としては、右違法を是正するため、第四事件を提起せざるを得なかったというべきである。
(二) ところで、事務所長は、昭和六二年に被控訴人から第一事件を提起されて以来、数度にわたる訴訟等を通じて、本件地区における換地について、共同減歩を組み込んだ違法な換地が行われているとの指摘を受け続けてきたものであり、殊に、第一次換地計画については、昭和五六年三月二日に開催された換地会議の質疑応答等を通じて、その違法性を十分認識していたと認められる(甲第四八号証、第九〇号証、第九一号証)。
したがって、事務所長としては、昭和六〇年一二月二三日に事業計画が変更され、これに基づき平成元年一〇月一一日に第一次換地計画の決定が取り消され、平成二年六月一一日、新たに第二次換地計画が可決された際又は遅くとも同年一一月二二日に本件換地処分をした際に、第一次換地計画と照合し、真和土地改良区の担当者に質問するなどして、第二次換地計画ないし本件換地処分に第一次換地計画と同様の違法が存在しないか否かを調査し、その違法を発見して是正すべきであったというべきである。そして、右のような調査、是正は、前記のとおり、第二次換地計画ないし本件換地処分の責任者であり、換地計画の立案等を真和土地改良区に委任していた事務所長にとっては極めて容易なことであったと認められる。
(三) しかるに、事務所長は、右のような義務を懈怠して、第二次換地計画ないし本件換地処分が違法であることを看過し、本件換地処分をしたのみならず、調査をすれば第二次換地計画ないし本件換地処分が違法であることを容易に知り得たのに、被控訴人の提起した第四事件に応訴し、被控訴人の主張する請求原因事実を争い続け、結局、平成七年三月一五日に、別件控訴事件において、本件換地処分が違法である旨宣言した事情判決を受けたことを考慮すると、その応訴行為は、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くといわざるを得ず、被控訴人に対する不法行為を構成するものであり、したがって、控訴人は、その公務員である事務所長の不法行為に基づき、国家賠償法一条一項に規定する損害賠償責任を負うというべきである。
控訴人は、換地処分が、土地改良事業施行地域に係る全権利者について、個別それぞれの換地処分が同時一斉に総体的に対物処分の効力を発生させるという基本的性格を有することからして、軽々に取り消すことはできないとして、事務所長が第四事件に応訴をしたことをもって、不法行為に当たらない旨主張する。しかし、右のとおり、事務所長は、第二次換地計画ないし本件換地処分が違法であることを本件換地処分がされた当初から容易に知り得たと認められることを考慮すると、本件換地処分に公共性があるとの一事をもって、事務所長の応訴行為が不法行為を構成しないと解することはできず、したがって、控訴人のこの点での主張は、採用することができない。
3 争点2(三)(第一事件につき知事の訴訟代理人及び指定代理人が提出した昭和六三年四月一四日付け準備書面は、被控訴人を公然と侮辱するものであるか)について
第一事件につき提出された右昭和六三年四月一四日付け準備書面の記載内容のうち、被控訴人が公然侮辱に当たると主張する記載は、「原告は、被告が河川改修工事用地として買収を受けた権利者に対し買収分の地積に見合う代替地積を与えたとか、買収代金を訴外改良区に取得させることを計画したなどと主張しているが、かかる事実は勿論存在しない。」というものである(甲第三五号証の五)。しかし、右記載内容を検討しても、そこに被控訴人を侮辱する表現は一切存在しないから、右準備書面の記載をもって、被控訴人を公然と侮辱するものであるとは認められない。
4 争点2(四)(別件控訴事件につき事務所長の訴訟代理人及び指定代理人が提出した平成六年五月二日付け準備書面は、被控訴人を公然と侮辱するものであるか)について
別件控訴事件につき提出された右平成六年五月二日付け準備書面の記載内容のうち、被控訴人が公然侮辱に当たると主張する記載は、「1 ……一般に『地区界線』と呼ばれる土地改良事業施行地域の外周をなす境界線に沿う区画では、不整形な換地を生ずることが避けられないのが通常であるが、このような不整形な換地を指定された権利者について、同法第五三条第一項第三号の限度を超える地積の増減を招く場合を生じたのである。2 また、同法五三条第一項二号の照応の原則を維持しつつ、第五二条三項の農用地集団化の目的を達成すべく、土性・水利・傾斜などの自然条件及び通作距離などの利用条件を勘案した場合に、道路・水路により区画された三ヘクタールを標準とするそれぞれの『圃区』の中に、各権利者の換地を指定しようとすれば、地区総計表の換地交付率に対し上下二〇パーセントの限度内で配分することが困難な場合が生ずる。こうした場合に、特別換地の方法で上記限度を超える換地指定を行うこととなったのはやむを得ないと言わなければならない。」というものである(甲第三九号証の七)。
しかし、右記載内容を検討しても、そこに被控訴人を侮辱する表現は一切存在しない上、右準備書面が、裁判所の釈明命令に応じて提出されたものであること(甲第三九号証の七)を考慮すると、右準備書面の記載をもって、被控訴人を公然と侮辱するものであるとは認められない。
5 争点2(五)(仮に、被控訴人が国家賠償法一条一項に基づき損害賠償請求権を有するとしても、右請求権は、時効により消滅しているか)について
控訴人の消滅時効の主張は、被控訴人が、控訴人の公務員の不法行為(違法な第一次換地計画の決定)により、第一事件を提起せざるを得なかったことに基づく損害賠償請求権が時効により消滅している旨の主張を含むと解されるところ、第一次換地計画決定の無効確認を求める第一事件が訴えの利益なしとして却下されていることにかんがみれば、被控訴人としては、同一の争点を巡って争われた別件控訴事件の事情判決により、本件換地処分が違法である旨宣言されて初めて第一次換地計画の決定についても違法であることを認識し得たというべきであるから、消滅時効の起算点は、右事情判決がされた平成七年三月一五日であると解するのが相当である。そして、本件訴えは、同年一〇月九日に提起されているから、控訴人の消滅時効の主張は、採用することができない。
6 争点2(六)(被控訴人は幾らの損害を被ったか)について
(一) 前記一1(三)のとおり、不法行為に基づく損害については、当該不法行為と相当因果関係を有する限り請求をすることができるのであって、賠償額が民事訴訟費用法に定める定型的定額基準に限定されるわけではないし、当該不法行為と相当因果関係を有する現実の損害と認められなければ、民事訴訟費用法に定める定型的定額基準に該当する場合であっても損害賠償請求をすることができないというべきである。以下、右観点に立って、被控訴人の被った損害について判断する。
(二) 第一事件を提起せざるを得なかったことによる平成元年一〇月一一日までの現実の損害につき、証拠(甲第六七号証の一ないし二四、乙第六号証、弁論の全趣旨)により認定できるのは次のとおりであり、その余はこれを認めるに足りる証拠がない。
(1) 訴え提起の手数料 五〇〇円
(2) 準備書面等の提出費用、送達費用 一万四五九〇円
(3) 合計 一万五〇九〇円
(三) 第四事件及び別件控訴事件に関する現実の損害につき、証拠(甲第二二号証、第二三号証、第七三号証の一ないし九〇、第七四号証、弁論の全趣旨)により認定できるのは次のとおりであり、その余はこれを認めるに足りる証拠がない。
(1) 訴え提起の手数料 五〇〇円
(2) 控訴提起の手数料 七五〇円
(3) 準備書面等の提出費用、送達費用 九万四三八一円
(4) 書証原本入手費用 四万七九五二円
(5) 合計 一四万三五八三円
(四) なお、被控訴人主張の「滅失利益」の損害については、これを損害として認めることができないことは、原判決の説示するとおりであるから、これを引用する。
三 よって、被控訴人の請求は、控訴人に対し、国家賠償法一条一項に基づき損害金一五万八六七三円の支払を求める限度で理由があるから、右限度で認容し、その余は理由がないから棄却すべきところ、右と結論を一部異にする原判決は一部不当であるから原判決主文第一項を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 小林正 裁判官 萩原秀紀)